【柳家本店】創業者が本店引退、新たなステージへ

飲食店の中でも特に競争が激しいラーメン業界において、「岩手のラーメン 柳家」は40年以上営業を続けている。しかも、場所はビルの3階。飲食店に向いているとはいえない立地で、これほど長く営業するのは並大抵のことではない。

看板ラーメンである「元祖キムチ納豆ラーメン」は、創業者の大信田和一会長と女将の良子さんが発案した。修業先で味わった納豆汁の感動的な美味しさをラーメンで表現した和一氏の発想力、そして納豆にキムチが合うことを見出した良子さんのセンスが融合し、全国的にも例がない唯一無二のラーメンが誕生した。

思いがメニューを生み出す

和一氏がよく口にするのが、「お客様あっての柳家」。

日課である朝5時のジョギングから一日中ずっと、新メニューのことが頭から離れない。どんな味のラーメンを出したらお客さんが喜んでくれるのか。その一心で生み出したメニューは400以上。「岩手山」や「盛岡城」など、商品名には地元愛も込められている。

寝ても覚めてもお客様のために働き続けた和一氏と良子さんが、8月をもって盛岡市大通のさわや書店3階にある本店を引退した。

「きっかけは2011年3月11日の東日本大震災。3人の子供を背負い、がむしゃらだった開店当初のような情熱がなくなり潮時かなと思った。それを女将に話すと同じ考えだった。交代するタイミングを探って今回に至った」

あえて厳しい道を選ぶ

これまでを振り返り、和一氏はある決断が忘れられないという。それは生そばをやめたときのことだ。

故郷・大迫町で和一氏は家業の料亭を継いでいた。そのとき提供していた生そばが評判となり、当時の大迫町長村田柴太氏にも背中を押され、県庁所在地、盛岡へ。柳家はもともと生そばの店だった。

だが、老舗そば屋のひしめく盛岡。苦戦を強いられる。何とか生き残る道を探る中で、徐々に注文数を伸ばしていたラーメンに勝機を見出す。大迫の期待を背負った生そばを断念するという大転換。相当な勇気が必要だった。

大きな決断を迫られたとき、私は自分にとって厳しい道を選ぶようにしている。とても勇気がいることだが、毎日の積み重ねがあるからこそ、思い切った挑戦に踏み出すことができる」

その後、2004年の東安庭店オープンを皮切りに多店舗展開を開始。現在は県内外に10店舗を構える。2008年には農業に参入。自社で使用する麺を小麦から生産している。これらに取り組んでいるのが息子の英和氏と和彦氏。和一氏の挑戦心はしっかりと受け継がれている。

和一氏と良子さんは本店から離れるが完全引退ではなく、しばらくは大通の裏通りに面した2号店の昼営業に立つ。その後について2人には夢がある。

「郊外に一軒家の店舗をオープンさせたい。その店ではお客さん一人一人との時間を大切にして、私の趣味である『書』をプレゼントしたい。宿泊もできるようにし、ゆっくりしてもらいたい」

2人が去った後も、本店の営業は続く。後継者として厨房に立つのは誰なのか? そして、どんなメニュー構成になるのか? 皆さんの目で確かめてほしい。


店鋪情報

柳家本店(1)

住所 盛岡市大通2-2-15さわや書店3F
電話番号 019-653-3555
営業時間 10:30~20:00
休日
駐車場

柳家本店(2)

住所 盛岡市大通2-4-6
電話番号 019-651-9100
営業時間 11:00~16:00/17:00~翌3:00(金土祝~翌5:00)
休日 日曜・月曜
駐車場

メニュー

キムチ納豆ラーメン 920円

この記事を書いた人

丘森 響オカモリ ヒビキ

岩手県盛岡市在住。岩手まるごとガイド編集長。 フリーライターのほか、飲食店向けのレシピ開発やアライアンス等のコンサルタントとしても活動中。

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